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科学読みものの読書指導の重要性@板倉聖宣

 以前、秋の読書をテーマに、数名の先生たちに紹介した話があります。1965年に板倉聖宣先生(たのしい教育研究所 初期から支援者/仮説実験授業研究会初代代表/元文科省教育研究所室長/元日本科学史学会会長)が『科学読みものの読書指導の重要性』について書いた内容です。『理科教育』という雑誌に書いたものでスキャンして保存してありました。

 読書指導というと文学をイメージする人が多いと思います。
 板倉先生はこの中で「科学読みもの」の指導について書いています。

 始まりのところを紹介しましょう。

 

科学読みものの読書指導の重要性
その方法について
           『理科教室』一九六五年九月号

 

「文章を読む能力」などというと、それは国語教育の領域で理科教育の問題ではない、などといわれる人があるかも知れません。しかし、私はあえて理科教育に関心の深い人々にこの問題を考えていただきたいのです。このようなことはいままでの理科教育のわくでは問題にならないかも知れませんが、もっとひろく科学教育というわくで考えたとき、きわめて重要な問題となってくるからです。
 私たちが知識を仕入れる仕方にはいろいろあります。
一つは自分でその対象にふれて実際に経験したり、意識的に実験や観察をしてその対象についての知識を仕入れるというやり方です。
これは知識の仕入れ方として最も基本的なものだというわけで、いわゆる「理科」教育では伝統的に重んじられてきました。
しかし、私たちは社会的な人間として、これ以外の方法で知識を仕入れる方法を開発してきました。つまり、一人一人がその対象にあたってじかにその知識を得るのではなしに、他の人たちが知ったことを伝え聞いて、その対象についての知識を得る方法です。 社会組織が高度化するにつれてそのような間接的な知識入手の方法の比重が高くなってきました。
 他人が直接その対象にあたって仕入れた知識をとり入れて、その対象についての知識を間接にとり入れるという分業のやり方を、最も意識的に利用しているのが科学です。
人間が個々ばらばらに直接に対象にあたって知識を仕入れていた段階では、まだ科学が生まれたとはいえません。だれでもが安心して利用することができるような、組織的な知識が社会的に準備されたときはじめて科学が生まれたといえるのです。
 科学が論理と実験を重んずるのはこのためです。 自分で確かだと思った知識 考えでも、それがいつも正しいわけではないということはだれでも経験ずみですから、他人の知識を利用するともなれば用心深くならざるをえません。しかも、その知識をその社会の不特定多数の人間が安心して利用できるようにするためには、その知識はよほど説得性に富んだものでなければなりません。 そこで、科学には、だれでもなるほどと思えるような明確な論理と実験的証拠とを備えることが不可欠のものとされるようになったのです。
 科学が論理と証拠を重んずるのはこのように科学というものが社会的な財産であるからだということは、これまであまり注意されなかったことですが、非常に大切なことだと思います。
 そこで、今日のように科学の知識が大量のものとなると、科学者といわれる人々でも直接自分の専門に関することでもなければ、いちいち他人の仕事を自分で実験的に検証してみることはしないで、それぞれの専門家が正しいとしている知識をそのまま利用するようになっています。
特に物理学の場合には実験を全くやらない理論物理学者というのが存在して、実験技術のことはほとんど知らずに研究しているようなことさえあります。ともかく、科学というものは、このように社会的・分的に研究をすすめて、他人の研究したことがそのまま安心して利用できるようなしくみになっているのです。
 だいぶはじめのテーマとはなれた話のようになりましたが、ここで私がいいたいのは、私たちが今日の社会で科学を問題にするとき一番重要な知識仕入れの道は、他人である科学者たちの研究結果を受け入れるということだ、ということなのです。 自分でじかにその対象を研究することのできるのは、専門の科学者でもほんのわずかの領域に限られていますし、一般の人間にはほとんど問題になりません。そこで必要に応じて科学者の研究結果を利用できるようになっていなければならなそれでは科学者たちの研究した科学の成果はどうやって知ることができるかというと、それは、まず、学校の理科の授業でしょう。生活単元や一般の問題解決学習の最大の欠点は、学校教育で科学者の研究成果を組織的に教えようとしなかったことにあるといってもよいと思いますが、本格的科学の授業なら科学の基礎的な概念や法則が注意深く教えられることになるでしょう。
 しかし、生徒はいつまでも学校にいるわけではありません。
 まもなく卒業して、その後も必要に応じて科学の知識を仕入れることになります。そのとき知識を仕入れるのに最も重要なのは、本や雑誌を読むことです。
 最近はテレビやラジオが普及し、講演会などもありますが、それらはやはり従の立場にあります。
放送局の種類が10ぐらいでは、いつでも必要に応じて知りたいことを聞けるというわけにはいきません。しかし、本や雑誌は非常に多種多様でかなり入手しやすいものですから、これから知識を仕入れるのが基本的に重要だといえます。
 そこで、科学書を読む習慣をつけその能力を与えるということが問題になってくるわけです。その本が日本語で書かれていれば、普通の国語教育がしっかりしていて、その本を読むための前提になる基礎知識さえ与えてあれば、そんなことは特にとりたてていうまでもないといわれる方があるかもしれませんが、そう簡単にはいえません。 科学書を読む習慣をつくるには、科学書がおもしろいものだ、わかるものだという経験を豊富に持たせる必要があります。そして、自分に適した本をさがして批判的に読むという能力を与えなければなりません。
 おそらく、科学書の読書指導で一番大切なことは、この批判的に読むという能力を育てることでしょう。
科学というものは、前に書いたように、元来だれにでも納得のいくような形でその真実性が保証されているもののはずです。
 ところが、いまの学校教育での科学がそういうものになっていないのと同じように、科学(啓蒙) 書というものも、そうなっていないことが多いのです。
そこで、科学の真実性が社会的に保証されているはずだといっても、それを無批判に受け入れるわけにはいかなくなります。
 科学というのは断片的事実が役に立つのではなく、それを論理的に展開して自分の当面の問題に適用していかなければならないのですから、その科学の論理が理解できなければなんにもならないのです。そこで、事実的にはまちがったことが書いてなくても理解しづらい本というのは困るのです。
 こういうとき、そのわかりづらい本の内容をも読みこなす能力を身につけさせるという試みももちろん有意義なことですが、はじめからそんな指導をしてはならないと思います。
そんな指導をはじめたら、科学というのはわけのわからないものだ、という印象を与えて逆効果になるおそれがあるからです。
 そうではなくて、ある本を読んでよくわからなくてもほかの本を読めばおもしろいようにわかることがある、ということを知らせるのが一番だと思うのです。これは一つには読者の関心・既存の知識がどうかによって起こることであって、必ずしもその本のよしあしによるというわけではありませんが、このことは科学教育にとって重要なことだと思うのです。というのは、このことは科学というものは勉強の仕方いかんではよくわかりもし、またわからなくもなるという重要なことを教えてくれるものだからです。そして、自分で科学を学ぶときの本の読み方を教えてくれるものだからです。
 こういうことを指導するためには、科学に関する本を二~三冊読ませて、どの本が一番おもしろかったか、それはどうしてか、またどの本が一番つまらなかったり、わからなかったりしたか、というようなことを感想・批判文として書かせるとよいと思います。
 私たちの仲間の西村英雄さんは、この方法で小学校五年生に何でもよいから科学者の伝記一冊と、それから、『デモクリトスから素粒子まで』という本(実は私の編著になるもの、国土社「発明発見物語全集」の一冊) とを読ませてくらべさせて、たいへんおもしろいことを発見しました。
子どもたちは、科学者の伝記は「国語的」であって子どものときのことばかり書いてあってその科学者の考えのどういうところがすぐれていたのかわからなくて、あまりおもしろくないといって批判する一方、『デモクリトス・・・』の方は「理科的」で、はじめはむずかしそうだったけれど、読んでいったらとてもおもしろかった。
いままでこういう科学の本を読んだことがなかったけど、これからはこういう本もたくさん読んでみたい、というような感想を述べているのです。

                   ここまで

 

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